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「小島剛一」の小さなミスと大きな嘘と信頼失墜

小島剛一氏は清廉ではない

小島剛一という言語学者に注目するきっかけは「トーキング・マイノリティ」というサイトの記事でした。
2017年11月から12月にかけてです。

このサイトの運営者mugiさんは小島氏の著書「トルコのもうひとつの顔」の書評を書いたのですが、これに対して小島氏はmugiさんを「歪曲引用犯」だと自分のブログで批判しました。

一読者の書評に対して、著者がこうした反応を見せるというのは珍しいことです。

小島氏はその後もしばらくmugiさんを非難する記事を書きました。
mugiさんが反論するうち「トーキング・マイノリティ」にはmugiさんを擁護するコメントがいくつか寄せられています。

その一連のやり取りを読んでいて、小島氏がどういう人物なのか気になりだしました。

小島氏は2018年4月から5月にかけて延々と黛まどかさんを批判しています。
言語学者でありながら侮蔑表現をこれだけ書き続ける人は聞いたことがありません。

ネット上で検索していくと、小島氏について第三者が書いた新聞記事が見つかります。
「反骨の言語学者」「圧力に屈せず真実告発」「知の巨人はぞうり履き」とあります。
アマゾンのブックレビューで著書「トルコのもう一つの顔」(1991年)「漂流するトルコ」(2010年)に対する評価はかなり高いものです。

しかし、こうした高い評価とブログでの侮蔑表現とは、あまりにもかけ離れた印象があります。
同一の著者とは思えないほどの差です。

小島剛一氏とはいったい何者なのでしょうか。
どこまで信頼に足る人物なのでしょうか。

注目すべき一つの事例がようやく見つかりました。
それは2017年2月~3月にかけて「F爺・小島剛一のブログ」で行われたmichiko.kyさんと小島剛一氏とのやりとりです。

最初はよく分からないやり取りでした。
しかし時間をかけて読んでいくと、真相が見えてきました。

小島氏は自分のミスを隠そうとして大きな嘘をつきました。
これは見過ごすことのできるものではありません。
清廉でない小島氏が果して、他人のことを非難したりあざ笑ったりできるのでしょうか。


きっかけは些細な転記ミス

小島剛一氏のミスは2017年2月25日のブログ記事「『冬景色』は雪国の子どもを無視した唱歌」から始まりました。

小島氏は、唱歌「雪景色」が雪国の子どもにとって理解できない風景を歌っている、音調と旋律が適合していない、と論じています。

問題は「冬景色」の歌詞の引用です。小島氏は次のように引用しました。

〽 さぎり消ゆる湊江(みなとえ)の
 船に白し朝の霜
 げに小春日ののどけしや
 返り咲きの花も見ゆ

 烏(からす)啼きて木に高く
 人は畑に麦を踏む
 ただ水鳥の声はして
 いまだ覚めず岸の家
(小島剛一氏による誤引用、現在は訂正済)



うっかり見過ごしてしまいそうですが、一番の後半部分(3行目と4行目)と二番の後半部分が入れ替わっています。

たぶん単純な転記ミスです。ウィキペディアなどコピーすれば間違えるはずはありません。小島氏が、きっと何かを見て手入力するときに思い込みで間違えたのです。

この間違いは現在「F爺・小島剛一のブログ」では修正されて、分からなくなっています。
小島氏が約4日後に気づかれないようこっそり修正したのです。

小島氏はふつう、こうした単純ミスの場合、「追記」してから修正しています。
しかし、この歌詞取り違いについてはこっそり訂正したのです。その理由は後述しましょう。

自分のブログ記事を自分で修正して何が悪い。
いちいち修正しましたと明らかにしなくてもいいんじゃないか。
そう思われる人もいるでしょう。
しかし、この問題はそう単純ではないのです。

訂正されるまでの4日間、間違った歌詞を前提にmichiko.kyさんという人と小島氏との間でコメントのやりとりがありました。
小島氏は黙ってその歌詞を修正したために、michiko.kyさんは少し騙されたようなかっこうになりました。
それだけならまださほど大きな問題ではありません。

小島氏は自分のミスを認めずにmichiko.kyさんが自分を惑わせたと言い出し、挙げ句の果てmichiko.kyはゴキブリだと決めつけたのです。


小島氏の誤記が錯誤を生じさせた

時間を追って、詳しくみていきましょう。

小島剛一氏が最初に記事「『冬景色』は雪国の子どもを無視した唱歌」を投稿したのは2017年2月25日21時21分です。

この記事に対する最初のコメントは、23時40分のつまみ食い遍路のRさんでした。
「F爺・小島剛一のブログ」のコメントの常連寄稿者で、小島氏の文章をべた褒めしています。
小島氏は翌2月26日2時47分に嬉しそうに返信しています。

そして翌26日14時19分、michiko.kyさんが「麦踏み」というコメントを書き込みます。

小島氏によると、michiko.kyさんのコメントはこれが14通目です。
michiko.kyさんは2017年2月12日から「F爺・小島剛一のブログ」に書き込みをはじめ、小島氏におおむね賛同するコメントを13通を書いています。

michiko.kyさんは14通目を「冬景色の歌詞は、たしかに変ですね」と書き出しています。

michiko.kyさんは、「冬景色」の歌詞が雪国育ちにとっては分からない歌だという小島氏の主張に対して、賛成しています。
そして「小春日和や、返り咲きの花は、関東平野育ちの身にとって懐かしい風景ではありますが、冬景色ではなく、あくまでも晩秋です」と書きました。

注目すべきは次の記述です。

[michiko.ky]
麦踏みは懐かしい景色で、真冬に、空っ風に吹かれながら、霜柱で浮いてきてしまいそうな麦を農家のおじさんが後ろ手にくみながら、横歩きで踏んでいた光景を覚えています。港の景色とつりあうものなのかちょっと違和感はあります。[抜すい終]



michiko.kyさんは、麦踏みの光景と港の景色とが同時にみられるのは違和感があるというのです。

いま一度、小島剛一氏が転記ミスした「冬景色」を書きましょう。

〽 さぎり消ゆる湊江の
 船に白し朝の霜
 げに小春日ののどけしや
 返り咲きの花も見ゆ

 烏啼きて木に高く
 人は畑に麦を踏む
 ただ水鳥の声はして
 いまだ覚めず岸の家
(小島剛一氏による誤引用、現在は訂正済)



この歌詞だと、「湊」「船」「水鳥」「岸の家」の連想から一番も二番も同じ場所を想定してしまいます。

正しい歌詞は、次の通りです。

〽さぎり消ゆる湊江の
 船に白し朝の霜
 ただ水鳥の声はして
 いまだ覚めず岸の家

 烏啼きて木に高く
 人は畑に麦を踏む
 げに小春日ののどけしや
 返り咲きの花も見ゆ



ウィキペディアなどによると、一番は水辺の朝、二番は田園の昼、つまりこの「冬景色」の一番と二番は違う時間と別の場所を想定して歌詞が書かれているようです。

小島氏の転記ミスはmichiko.kyさんに誤った印象を与えてしまいました。


錯誤した者同士の談笑

michiko.kyさんの「麦踏み」というコメントに対して、小島剛一氏は約6時間後の2017年2月26日20時15分、返信を書いています。

全文引用しましょう。

[F爺・小島剛一]
>小春日和や、返り咲きの花は、関東平野育ちの身にとって懐かしい風景ではありますが、冬景色ではなく、あくまでも晩秋です。

そうですよね。関東平野の現実にも合っていませんよね。この歌詞を合議で作った連中の季節感覚は、異常です。俳句の歳時記という現実無視・季節感覚破壊陰謀書に骨の髄まで毒されていたのかもしれません。



「>」はmichiko.kyさんのコメントの再録です。季節感覚が異常だとか、陰謀書に骨の髄まで毒されていたとか、小島氏は得意の侮蔑表現を繰り出して、michiko.kyさんに相づちを打っています。

小島氏の次の文章に注目です。

[F爺・小島剛一]
>麦踏みは(・・・)港の景色とつりあうものなのかちょっと違和感はあります。

日本のどこかでは海の港のすぐそばに「麦畑」があるものなのか、F爺は存じません。

〈水郷地帯の淡水湖か沼の舟着き場だったら、近くに「麦畑」があってもおかしくはない〉
と推測する大人が、F爺の子供の頃、周りにいましたが、現実はどうなのでしょうね。[抜すい終]



この時点で、小島氏はまだ自分の歌詞取り違いに気づいていません。michiko.kyさんの主張に合わせるように、港と麦畑との関係について論じています。

「……と推測する大人が、F爺の子供の頃、周りにいました」というのはおそらく小島氏の嘘でしょうが、看過してよい小さな嘘です。

この時点では、小島氏とmichiko.kyさんとがそろって勘違いしているため、親しい関係を感じさせています。


微笑ましいコメントのやりとり

2018年2月26日22時7分、michiko.kyさんは「F爺・小島剛一のブログ」に再びコメントを書き込みました。
小島氏から返信をもらったことが嬉しかったようです。

その書き出しに「前のコメントで、脱字があってお恥ずかしい限りです」とあります。
これは「笛をつくる」と書くべきところを「笛をつる」と書いたことを指しています。

ここから港と畑の問題が議論になっていきます。michiko.kyさんは次のように書きました。

[michiko.ky]
港と畑が同時に見られるのだったら瀬戸内などの暖かい地方の島かと思いますが、すると、朝の霜と釣り合わなくなりますね。[抜すい終]



これに対して小島剛一氏は26日23時53分、返信します。

[F爺・小島剛一]
瀬戸内で朝の霜は・・・無理ですねえ。文部省唱歌を合議で作った人たちって、日本の自然や農林漁業の真の姿を知っていたのか、疑わしいものです。大勢で机上の空論と俳句の歳時記で「風呂絵をでっち上げた」ような気がします。[抜すい終]



最初の誤記から1日たっても、小島氏はまだ自分の歌詞取り違いに気づいていません。

翌27日15時28分、michiko.kyさんが無邪気なコメントを寄せました。

[michiko.ky]
前のコメントのあと、可能性のある場所をひとつ思い出しました。琵琶湖の彦根から南なら麦畑があったはずです。湖北は積雪地帯ですから、たぶん寒さもあるでしょう。ただこの歌詞の違和感は「港のまわりは集落でしょ」というところなので、評価は変わりません。[抜すい終]



港と麦畑が同時に見られる場所を思いついたというのです。言語学者の小島氏に気に入られようとしているようにも読め、微笑ましい印象があります。

michiko.kyさんはこの記述のあと唱歌の話題を付け加え、「冬景色」以外に「夏の思い出」「夏は来ぬ」も季節感に違和感があると書き、小島氏に誘い水を向けました。

同日21時34分、小島氏はmichiko.kyさんの思いの通り、賛同のコメントを寄せました。

[F爺・小島剛一]
>可能性のある場所をひとつ思い出しました。琵琶湖の彦根から南なら麦畑があったはずです。湖北は積雪地帯ですから、たぶん寒さもあるでしょう。ただこの歌詞の違和感は「港のまわりは集落でしょ」というところなので、評価は変わりません。

滋賀県南部に住んでいる人に訊いてみたいものですね。昔、彦根や膳所(ぜぜ)に住んでいた友人がいましたが、皆「雪は降らない」と言っていました。霜が降りるほど冷え込む朝が偶(たま)にはあるかもしれませんが、船が白く見えるほどになるのは極めて稀なはずです。

それと・・・本文には書きませんでしたが・・・滅多に雪の降らない土地に住んでいる人は、朝霜が見えているほど寒い時間に「げに小春日ののどけしや」と歌うものなのでしょうか。

また、「麦踏み」は霜柱が融けない朝のうちにやるものだろうと思っていますが、間違いなのでしょうか。 [抜すい終]



最初の投稿から丸2日たってもまだ小島氏は取り違いに気づいていません。「朝霜が見えているほど寒い時間に『げに小春日ののどけしや』と歌うものなのでしょうか」という疑問は、一番の歌詞の誤記をそのまま正しいものと認識しているからです。

〽さぎり消ゆる湊江の
 船に白し朝の霜
 げに小春日ののどけしや
 返り咲きの花も見ゆ
(小島剛一氏による誤引用、現在は訂正済)



一番が朝の風景、二番が昼の風景だという基本情報を知っていれば、この疑問は湧いてきません。


小春日和と霜柱から混乱始まる

michiko.kyさんと小島剛一氏のコメントのやり取りはもうしばらく続きます。

著名な言語学者と会話している嬉しさが伝わってきます。
「F爺・小島剛一のブログ」のコメント欄は、michiko.kyさんにとっては初めのうち楽しいコミュニティスペースだったのかもしれませんが、2日後に暗転してしまいます。まさに天国から地獄で、本当に恐ろしいものです。

小島氏のコメントから1時間もたたないうちに、2017年2月27日22時25分、michiko.kyさんは小島氏と会話をするような調子で書き込みました。

[michiko.ky]
私が麦畑の前に住んでいた頃(昭和33年まで)には、関東でも、家の中の洗面器の水が凍るような日がありました。そんな日には一日中霜柱は消えません。子どもたちは、日陰で、何段にもかさなった霜柱を氷の宮殿に見たてて遊んでいました。

記憶力に自信はありませんが、朝の寒いうちに農作業する人は見かけなかったと思います。暖かくなった今でも、ご近所の農家さんは、葉物野菜の収穫など、地面がゆるむ時間でなければできないと言っています。
 たぶん作詞者はイメージだけで、実体験はないのでしょうね。[抜すい終]



すると小島氏は34分後の27日22時59分に返信して、

[F爺・小島剛一]
「教育芸術社」のサイトによると、平成27年度の小学校五年生の音楽の教科書に「冬げしき」が載せてあるそうです。[抜すい終]



と書きました。

michiko.kyさんの2つ前のコメント(27日15時28分)に、教育芸術社と教育出版の二社の音楽教科書を検索してみたと書いてあったので、小島氏も試しに検索したのでしょう。

michiko.kyさんは中学生の教科書に「冬景色」を見つけられなかったのですが、小島氏は小学5年生にそれを見つけたようです。

ちなみに「教育芸術社」のサイトには「冬景色」の歌詞まで出ていません。
ここに歌詞が出ていたら、小島氏は自分の転記ミスに気づいていたことでしょう。

ただ、27日22時59分のコメントあたりから、小島氏が混乱し始めたようです。
それは、小春日和と霜柱との関係についてでした。
小島氏は次のようにmichiko.kyさんに問いかけます。

[F爺・小島剛一]
関東では、霜柱が一日中融けない日に「小春日和」になることもあるのでしょうか。[抜すい終]



ところが小島氏はこの問いのおかしさに自分で気づいて28日0時40分、michiko.kyさんに「小春日和の日の朝に霜柱があるものなのか」という質問は、見当違いで、不必要でした。失礼いたしました、と書いています。

コメントをやりとりする間隔が縮まります。
michiko.kyさんは28日1時7分と同26分に、小春日和と霜柱との関係について、自分の経験にもとづく話を長々と書き込みます。

すると、小島氏は28日6時48分、返信します。

[F爺・小島剛一]
質問をやり直します。
「埼玉県南部では、小春日和のある時期と麦踏みの時期は、重なることがありますか」



michiko.kyさんは8時24分、こう答えます。

[michiko.ky]
 麦踏みの季節は一月下旬以降で、立春過ぎだったと思います。ですから、朝方の厳しい冷え込みでも日中穏やかで暖かい日は珍しくないのですが、それは「早春」であって小春日和とは言いません。

 小春は、これから厳しい冬が来るという季節に弱い日差しながら、冬が一歩足を止めて春のような暖かさになるという意味だと理解しています。

 麦踏みの季節は、冬至が過ぎ、日差しがぐんぐん伸びてきて、明るく、日中暖かくなると「ああ、春が来た」と感じる季節です。だから小春日和と麦踏みは両立しないと思います。 [抜すい終]



これに対する小島剛一氏の返信は28日23時28分。

[F爺・小島剛一]
貴重な証言、ありがとうございます。昔から「国語辞典」などには
〈麦踏みは「早春」の農作業だ〉
と書いてあるのですが、どの辞典も記載に誤謬や虚偽が多いので、信頼できなかったのです。
いただいた情報を基に〈文部省唱歌「冬景色」は駄作〉(仮題)という記事を立てます。一両日お待ちください。[抜すい終]



この時点まで小島氏はmichiko.kyさんとまだ信頼関係にあったようです。


ミスに気づいてからの対処

3月1日。小島剛一氏が唱歌「冬景色」の歌詞の一番と二番を取り違えるという単純ミスをしてから5日目にあたります。
この日の早い時点、たぶん未明に、小島氏は2月25日に書いた記事のミスに気づきます。
ただそのことをすぐに公表しません。

まず1時17分、michiko.kyさんがこう書きます。

[michiko.ky]
 冬景色の歌詞を読み返してみました。

 一番の景色と2番の景色を同じ一枚の絵に納めるのは無理だと感じますが、別だと考えれば、良いのかもしれません。たとえば印旛沼の周辺なら、一番の歌詞は沼の周りで矛盾なく成立します。二番は季節無視ですので、論外ですけれども沼から歩いて移動できる範囲の台地上では冬には麦、夏はサツマイモを栽培していましたから、同じ地域のなかで同居可能です。[抜すい終]



これは、歌詞取り違いをそのまま読んでいたため、michiko.kyさんが錯覚していたことを示す証左となる記述です。

小島剛一氏は1日5時6分、こんな返信コメントを書いています。

[F爺・小島剛一]
印旛沼は、F爺も一度は考えました。しかし、考え直しました。

文部省唱歌は、全国の小中学生に歌わせることを前提としていたはずです。特定の地域の特定の学校の校歌なら別ですが、
〈日本の中のせいぜい一箇所でだけ偶に可能な情景の歌詞〉
というのは、その種の教材としては失格です。

準備中の記事は、二番が季節無視であることを中心に据えます。[抜すい終]



この時点でおそらく、小島氏は自分が犯したミスすなわち歌詞取り違えに気づいていたと推測されます。

「二番が季節無視である」と書くには、

〽烏啼きて木に高く
 人は畑に麦を踏む
 ただ水鳥の声はして
 いまだ覚めず岸の家



という間違いの歌詞のままでは論理的に書けません。

〽烏啼きて木に高く
 人は畑に麦を踏む
 げに小春日ののどけしや
 返り咲きの花も見ゆ



という正しい歌詞を認識して初めて論理的に記事が書けるからです。

3月1日8時18分、michiko.kyさんは「F爺・小島剛一のブログ」2月11日の記事「『早春賦』は駄作」にコメントを書き込みます。

早春賦の歌詞でも事実無視か、作詞者の観察力不足な部分があります。[以下略]



これに対する小島氏の反応は同日20時53分ですが、

[F爺・小島剛一]
「早春賦」も、雪国の子には理解できない歌なのです。この機会に執筆・掲載の予定を早めることにします。数日お待ちください。[抜すい終]



というものでした。

michiko.kyさんの錯覚は、明らかに小島剛一氏のミスに原因があります。
この3月1日時点で小島氏が「最初に書いた歌詞が間違ってました、これまでの海の近くで麦踏みするところはあるかという議論は意味がないことでした」と謝罪していれば、一件落着となっていたところです。

しかし、小島氏はそういう謝罪はしませんでした。

それどころかまず、錯誤の原因をつくった2月25日の記事をこっそり正しい歌詞に改めました。
ふつうなら「追記」で目立つように注意を喚起するべきなのに、自分の都合のいいようにこっそり直したのです。


4日間の議論は誤っていた

2017年3月1日20時32分、小島剛一氏は「文部省唱歌『冬景色は駄作』」という記事を自分のサイトに投稿します。

この記事はいま一部分を残して削除され、大幅に書き直した記事「文部省唱歌『冬景色』は駄作(修正記事)」(2日22時8分)を読むようにと小島氏は誘導しています。

現在の小島氏のサイト内を探しても修正前の記事は見つかりませんが、ネット上にはちゃんと残っています。

なぜ小島剛一氏が修正前記事を削除したのかを考えるうえで、重要な材料になるので全文引用しましょう。
著者の意図に反した引用になりますが、小島氏の反論に備えた論拠となるため、以下で明らかにします。

[F爺・小島剛一]
文部省唱歌「冬景色」は駄作

michiko.kyさん

ブログ記事〈「冬景色」は雪国の子を無視した唱歌〉にいただいた多数のコメントのお蔭で、麦踏みの時期について確信を得ることが出来ました。麦踏みを見たことが無いため長年に亙って「くすぶる疑惑」の状態に留(とど)まっていたのですが、この歌詞には重大な欠陥のあったことが、今、はっきりと判りました。ありがとうございます。

2017年2月28日にいただいたコメントの冒頭を引用します。但し、一部を勝手に太字にしました。
*****
麦踏みの季節は一月下旬以降で、立春過ぎだったと思います。ですから、朝方の厳しい冷え込みでも日中穏やかで暖かい日は珍しくないのですが、それは「早春」であって小春日和とは言いません。
*****

これは、F坊やが子供の頃「耳学問」で覚えたけれども自分の目で確かめることは叶わなかった「机上の知識」と一致します。「麦踏み」に関するネット情報は、匿名でないものがなかなか見つかりません。中には「11月末」などと書いているものもあって、途方に暮れていたのですが、やっと結論が出ました。

関東地方では、「小春日和」は晩秋、「麦踏み」は早春、なのですね。

文部省唱歌「冬景色」の二番の歌詞に、こうあります。

〽烏(からす)啼きて木に高く
 人は畑に麦を踏む     [早春]
 げに小春日ののどけしや  [晩秋]
 返り咲きの花も見ゆ    [晩秋]

雪国でなくても、辻褄が合わないのですね。作詞者は、きっと、二行目と三行目の間に、タイム・マシンに乗って過去か未来に数ヶ月移動したのでしょう。季節感覚が完全に狂っています。

さもなくば・・・小学校五年生に超現実主義の絵画や詩をしっかり、但し何の説明もしないで、教え込むのが良いことだと思っていたのでしょうか。

〈SFや超現実主義は絵空事〉と確信して育ったF坊やのような者の想像を絶します。

結論

麦踏みは、麦作地帯で早春に行なう作業です。晩秋の現象である「小春日和」とは時期が違います。「冬景色」の歌詞は、不条理です。子供に嘘を刷り込むトンデモ教材です。この歌詞が理解できないのは、雪国の子だけではありません。

F坊やは、この歌詞を全然信用しなかったので、似非知識を刷り込まれないで済んだ好運な子供です。

2017/03/01 20:32
(引用終)※原文はネット上から削除済み



書き出しで「michiko.kyさん」と呼び掛けて、「ありがとう」と感謝まで書いています。
そして本文に引用された「冬景色」二番の歌詞は正しく記載されています。
もちろんこの時点では、原記事の2月25日の間違いも修正され、すべてがつじつまの合うようになっています。

本来、小島氏は、michiko.kyさんを錯誤させ4日間にわたって誤った議論をしてきたことを謝罪すべきでした。
錯誤させたことを覆い隠すために、原記事を分からぬように修正したのでしょう。
しかし、4日間の議論はそのままブログに残っていますので、これを丁寧に読んでいくと錯誤の原因が小島氏の取り違いにあったことは疑いようのない事実です。

この20時32分の記事に対して、michiko.kyさんは翌日3月2日9時7分、麦踏みという表題でコメントを書き込みました。
なぜかまだ疑念を感じさせない好意的な書き方です。


論点を隠すための中傷

michiko.kyさんは3月2日9時7分に好意的なコメントを寄せましたが、おそらく小島剛一氏の歌詞取り違いにも気づいて、小島氏に連絡したものと思われます。

「いやあ、お恥ずかしい、単純な歌詞の取り違いで無駄な議論をさせてしまいましたね」。
そう謝れば済むところを、小島氏はまったく違う対応をとりました。
なぜか手のひらを返してmichiko.kyさんが悪いと言い出したのです。

小島剛一氏は3月2日22時8分、「文部省唱歌『冬景色』は駄作(修正記事)」を投稿します。
同時に、前日の「文部省唱歌『冬景色』は駄作」の内容をほぼ削除し、こう追記しました。

[F爺・小島剛一]
この記事は、一部、「michiko.ky」と名乗る人物による無責任なコメントに惑わされた内容になっていたことが判明しましたので、コメントの引用部分を除いて、削除しました。[抜すい終]



「無責任なコメントに惑わされた」とはずいぶん勝手な言い分です。
最初にmichiko.kyさんを錯誤させたのは小島氏であって、michiko.kyさんは単に感想コメントを寄せただけです。
その文面からは小島氏を惑わす意図は感じられません。
小島氏は自らのミスで混乱を招いたのです。michiko.kyさんの責任を問うのはどうみても見当違いです。

小島氏は22時14分、michiko.kyさんの「麦踏み」に対して次のようなコメントを書きました。

[F爺・小島剛一]
michiko.kyさん

今頃になってウェブ検索したのですか。

二転三転する「その場限りの思い付き似非情報」の提供は、いい加減にしてください。

そちら様から届いたコメントの内容は、全て無責任な虚報だったと見做します。

このブログへのコメント再投稿は、固くお断りいたします。[抜すい終]



恐ろしいことです。前日には「ありがとう」とまで書いていたのに、1日後には敵視です。

この小島剛一氏の変わりように対して、michiko.kyさんが寄せたコメントの一部が、断片的に公開されています。

[michiko.ky]
無責任な虚報よばわりは心外

印象だけで、事実とは違う記述は小島先生もなさっています。

あとはもうお邪魔しませんので、ご心配なく。[抜すい終]



「事実とは違う記述は小島先生もなさっています」というのは、歌詞取り違えのことです。
michiko.kyさんは、そもそも事実と違う記述をしたのは小島剛一氏だと指摘したのです。
最後の一行に思いがこもっていて、気配りのできる方のように思われます。

これに対して小島氏の態度は一気に傲慢になっていきます。

[F爺・小島剛一]
「小島先生」に関しては、事実無根です。
〈お前も嘘つき〉呼ばわりは、悔(くや)し紛れの捨て台詞(ぜりふ)のつもりのようですが、浅知恵です。[抜すい終]



これでも我慢ならないのか、小島氏は3月4日21時33分、「ネット・ゴキブリ(1)」という記事を仕立て、michiko.kyさんをゴキブリ扱いして徹底的に罵りました。

小島氏は「ネット・ゴキブリ」という記事を4作まで書きました。
侮蔑表現を繰り出していますが、ここでそれを詳細に紹介するのは適切ではありません。
注意すべきは、2月25日以前の早い段階にmichiko.kyさんが投稿した別の記事をめぐって中傷している点でしょう。

このあたりが小島氏のずるいところです。
小島氏は冬景色の転記ミスを隠すために、読者の関心をすこしでもずらそうとしています。

本当にmichiko.kyさんの投稿に早い段階から疑問を抱いていたなら、小島氏の早い段階のコメントにそれがすこしは出ていなくてはなりません。
しかし、これまで小島氏とmichiko.kyさんのやりとりを細かくみてきたように、少なくとも2月28日までは間違いなく友好的に行われていたのです。

根底に言語学者の自尊心か

小島剛一氏はなぜ自らの転記ミスを認め、michiko.kyさんに謝罪できなかったのでしょうか。

もし、小島氏の取り巻きである常連寄稿者の誰か一人が、この歌詞取り違いにいち早く気づき、小島氏に通報していればこのような大ごとにはならなかったでしょう。
常連寄稿者が4日間も気づかずに小島氏とmichiko.kyさんとのコメントやり取りを傍観してしまったのは、小島氏にとっては不運なことでした。

小島氏が自分のミスに気付いたのは2月28日深夜か3月1日未明です。
氏自ら気づいたかもしれないし、常連寄稿者の誰かが気づいて氏に知らせた可能性もあります。

問題は小島氏が自らのミスをなぜ率先して公表できなかったかです。
言語学者らしく論理的に綴る氏がなぜすぐ追記による訂正をとらなかったのでしょうか。

根底に言語学者としての自尊心があったから、とみることができるでしょう。
ただ「F爺・小島剛一のブログ」の2月分と3月分を深く読み込むと、小島氏がミスを隠したくなる、ある事情があったことが分かります。

小島氏が2月11日に記事「『早春賦』は駄作」を書いたとき、崎山言世さんという早春賦大好きの高校生(性別年齢は実は不詳のようです)が「思慮は足りていますか」という批判コメントを寄せました。
小島氏はこれに憤慨しました。激昂したようです。
その後、作詞家吉丸一昌がからむ唱歌をつぎつぎに駄作だと書いていったように読み取れます。

この崎山さんという人は小島氏にいくらか反論を試みたようですが、無駄だと思ったのか早々にあきらめて無視を決め込んだようです。今この人のブログを読んでも小島氏のことは出てきません。

小島氏は唱歌を駄作だとする記事をシリーズのように書いていきました。
ブログ記事「『冬景色』は雪国の子どもを無視した唱歌」もその一つでした。

言語学者であり合唱団指揮者でもある小島氏は、音楽に対する知識も自負しているようです。
唱歌「冬景色」の歌詞取り違いは、その自負が一気に崩れてしまうような初歩的なミスであり、それを高校生だと称する人にとがめられてはいけない、と考えた可能性があります。恥ずかしかったのでしょう。

「F爺・小島剛一のブログ」2017年2月21日の記事「『早春賦』と『故郷を離るる歌』(2)」に対して、3月5日になって「加藤」という人が書き込みをしています。(3月7日の記事参照)

小島氏は、加藤さんが著名な数学者である可能性に気づいていながら、それはありえないと判断しました。
そして崎山さんの嫌がらせコメントにちがいないとみて、得意の侮蔑表現で一蹴しました。

しかし小島氏の記事を素直に冷静に読めば、この加藤という人は「素数の歌が聞こえる」の著者である可能性が高いと思われます。
証拠はありませんが、もしそうだとすれば小島氏のブログの読者はそれなりに広がりをみせているのです。
小島氏をたしなめる意見を言う人もいるということですが、小島氏が謙虚に耳を傾けていないということになります。

いずれにしても「思慮は足りていますか」と挑発されて、小島氏が強く崎山さんを意識をしていたのは間違いないようです。
唱歌「冬景色」の歌詞取り違いを認めてしまえば弱みをみせることになるため、公表できなかったものと考えられます。

今回の問題の本質は、小島氏の歌詞取り違いにあるわけではありません。
珍しい類ですが、些細なミスです。この程度の凡ミスはどんな学者でも犯すものでしょう。
その凡ミスを隠そうとするところまでは何とか許容できます。

しかし、善意のコメント寄稿者であるmichiko.kyさんに責任をなすりつけ、さらにゴキブリ呼ばわりして貶めたことは容認できるものでありません。ここにこの一事例の本質があるのです。
言語学者であろうがなかろうが、それは断じて許される行為ではありません。

その点で、黛まどかさんが地名を間違えたという程度の問題とはまったく質が違います。
人間としての信頼が失墜してしまうほどの重大な問題だと言えるでしょう。

michiko.kyさんが小島氏に断固抗議して自身のブログにでも書いていれば、もっと早く問題は表面化していたことでしょう。
しかし、michiko.kyさんは音沙汰なしです。
崎山さんという人も小島氏にかかわらない姿勢を貫いているようです。
トーキングマイノリティのmugiさんも「F爺・小島剛一のブログ」を読まないと宣言しています。

小島氏と一時的に交差し、その侮蔑表現を疑問に感じた人は皆、その後小島氏と相対することを避けています。
面倒なことに付き合うのはごめんだということでしょう。

一方で、そうした無関心は現在黛まどかさんへの批判が過激化していることと無関係ではありません。

小島氏に侮蔑表現を止めていただきたいと考え、この小文を書きました。
michiko.kyさんや崎山さんやmugiさん、あるいは黛まどかさんや関係者に頼まれたわけではありません。
小島氏を批判することが真意ではありません。

小島氏は著書「トルコのもう一つの顔」で高い評価を受けました。
「F爺・小島剛一のブログ」の侮蔑表現は、その評価を相殺してしまうほどのものです。

70歳を超えた人が侮蔑表現を使って記事を延々と書き続ける姿は美しいものではありません。

小島剛一さん、まずmichiko.kyさんにブログで謝罪することです。
そのうえで侮蔑表現を卒業し、ブログの出直しをされるのがいいのではないでしょうか。
侮蔑表現は一切使わないと自ら宣言してください。
旺盛な言論執筆欲をもっと別の方向に向けてください。

晩節を汚してはいけません。
いま一度、言語研究者として何をなすべきかを考えていただけないでしょうか。
僭越ながら、私の人生経験から忠告を申し述べました。
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